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スタイル再考!(モッズスタイルpart2)

ツイードやコーデュロイの生地が季節感を醸し出す時期になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。担当の緑川です。さてPart1 では'60年代イギリスの若者文化を題材にした青春映画を通じての『モッズスタイル』を取り上げました。ファッションや音楽など当時のライフスタイルは、“オシャレのお手本”のように現在でも青春映画の金字塔として位置づけされています。

そこで今回、『モッズスタイル』の音楽的側面はどういった風潮だったのか、またどんなグループが活躍していたのかを探ってみました。
モッズ音楽とは何か?として一般的に言われているのが、当時アメリカの黒人音楽(R&BやJAZZ,ソウルミュージックなど)の“影響を受けた”《イギリス人がやっていたロック音楽》ということで、“THE WHO”(ザ・フー)や“SMALL FACES”(スモールフェイセス)などのバンドが挙げられています。

ただ、このモッズスタイルと言われている音楽の範囲は、広義にわたり解釈されており、初期,中頃、そしてそれから約10年の時を隔て“ネオモッズ”と呼ばれる後期に分けられています。


それではまず、モッズの初期段階をご案内いたします。1958年~1962年くらいにロンドンで“モダニスト”と呼ばれるモッズの元祖となる種類の人たちがいました。まだモッズというスタイルが確立されていなかった時代ですが、“モダニスト”達は『スマートかつクールに生きること』をモットーとし、イタリアンスーツなどの『ファッションに情熱を注ぎ、ジャズやブルースを聴いて』いました。「格好つけてクールな音楽を聴く」これがやがて独自の若者文化「モッズ」を生み出していくことになります。


※参考動画①(Eddie Cochran),参考動画②(Bobby Timmons)

そして60年代中頃になってくると、クラブやカフェ・バーなどの流行もあり、音楽は“踊れてポップな要素もある”ブラックR&Bが主流となってきて、モッズを自称する若者も増えてきました。
そんなR&Bをカバーしてオルガン・ジャズとしてプレイしていたのが“ジョージィ・フェイム”などのアーティストです。そしてさらに、それらのR&BやSOULのビートを取り入れオリジナルへと昇華したのが、60年代モッズの代名詞でもある“ザ・フーやスモール・フェイセズ”だったわけです。

※参考動画➂(George Fame),※参考動画④(The Who),※参考動画

その後、60年も後半になると映画 “さらば青春の光”でも取り上げられた『モッズvsロッカーズ』という(ファッション+音楽の)スタイルの違うグループの暴動が頻繁に起こるようになり(メディアの煽りもあるそうですが)、もともとクールを気取っていたモッズ達は、暴動にうんざりし『モッズスタイル』は終焉を迎えるわけです。

それから時を経ること約10年、60年代初期のモッズムーヴメントに影響され、クールなモッズスタイルを追及していたギタリスト、当時18歳のポールウェラー率いるバンド“THE JAM”(ザ・ジャム)などにより再びシーンが盛り上がり「モッズ・リバイバル」と呼ばれるブームを巻き起こし、その精神はネオモッズへと受け継がれてゆくことになるのでした。

 ※参考動画⑥(The Jam)


今回、音楽としての『モッズスタイル』の成り立ちを取り上げましたが、私自身初めてモッズスタイルを知ることになったのは「ザ・フーでも、モダンジャズでもR&Bでもなく」学生時代に『ビートルズ』を聞いていたことがきっかけでした。当時私の中のモッズは、ビートルズのように細身のスーツにマッシュルームカットをすることでした。
しかしながら、今回調べていて、衝撃的!?な事実が解りました。モッズスタイルの代表だと思っていた存在の『ザ・ビートルズ』が、デビュー前はモッズと対立するスタイルの“ロッカーズ”だったことです、、
そして今回取り上げたモッズの代名詞のザ・フーも、実は「モッズが好きではなかった」との記事も見つけました、、
おそらく当時イギリスの“モッズスタイルという流行り”により、メディアの煽りなども加わり、少なからず『作られたファッションのスタイルだった』ということです。

ということで、いよいよ次回は最終のPart3『ファッションとしてのモッズスタイル』を取り上げます。どうかご期待ください!